メニュー

おことわり

このサイトについて

 教科書には「縄文時代の人々は狩猟採集を中心とした生活をしていた」と書かれています。

 しかし近年、縄文時代に農耕が存在したことを裏付けるような発見が相ついでいるため、教科書に「栽培程度は存在していたが生活の中心にはなり得なかった」という趣旨の内容が追加されるようになりました。
 このサイトでは縄文時代の中期には関東・中部地域を中心にして、補助的な「栽培」ではなく生活を支える中心的な「農耕」が存在したという立場で縄文土器をとらえています。

21093416116_3082293301_z

 関東・中部地域から出土する勝坂式土器は、模様と造形が複雑なものが多いのが特徴ですが、生活を支えるような農耕が存在していたことを前提にすると模様と造形の意味の一つ一つがすべてつながり、全体のつじつまが合うのです。

考古館関係者の方々へ

 ここに紹介されている土器の画像については、各考古館からサイト掲載用として承諾をいただいたものです。発掘に携わった方々をはじめ、考古館職員の方々の土器の復元や管理など、並大抵ではないご苦労があった結果として、私たちは肉眼で土器を見ることができるようになったのです。そのことにまず感謝と敬意を表します。
 縄文文化は、日本のみならず、世界史レベルで評価されるべきものです。このサイトでは随時、各考古館の特徴や展示内容についても紹介させていただきたいと考えております。

考古館を訪れる方へ

 各考古館の職員の方々の縄文土器や縄文時代に対する考え方は、このサイトの考え方や立場と必ずしも同じであるとも限りません。土器の復元という気の遠くなるような作業をはじめ、遺物を大切に管理しているのは各考古館です。私は幼いころから考古館で土器を見て育ったこともあり、考古館のご迷惑になることだけは本意ではありません。
このサイトの内容は縄文土器を見るときに、こういう視点で見る方法もありますよという一つの提案です。見てくださった方が考古館を訪れ、職員の方々と私の提案の相違があったとしても、柔軟に捉えていただきますようお願いいたします。

クリエイティブ・コモンズ

【表示】 このサイトは2009年に茅野市郷土研究会の会誌として出版された(続)縄文心象の内容をもとに構成されています。引用に関しては必ずサイト名とURLもしくは武居竜生著(続)縄文心象[2009年茅野市郷土研究会]の出典を明示していただくようお願いいたします。

【非営利】 営利目的での画像や文章の利用を禁止します。

【改変禁止】 元の画像や文章の改変を禁止します。一部を切り取ったり、テキスト挿入は禁止します。

【継承】 元の画像や文章と同じ組み合わせのCCライセンスでの公開が必須です。画像を保存する場合などにご注意ください。