おことわり

このサイトについて

 教科書には「縄文時代の人々は狩猟採集を中心とした生活をしていた」と書かれています。

 しかし近年、縄文時代に農耕・栽培が存在したことを裏付けるような発見が相ついでいるため、教科書に「栽培程度は存在していたが生活の中心にはなり得なかった」という趣旨の内容が追加されるようになりました。

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 関東・中部地域から出土する勝坂式土器は、模様と造形が複雑なものが多いのが特徴ですが、生活を支えるような農耕・栽培が存在していたことを前提にすると模様と造形の意味の一つ一つがすべてつながり、全体のつじつまが合います。

  • このサイトでは、少なくとも中部・関東地方では縄文時代中期には農耕・栽培が成立していて、畑に近いものが存在していたのではないかと考えています。その点では現在の教科書とは違う内容が含まれています。
  • 模様や造形の意味として男性器、女性器、交合(性交)など性に関連する事柄が含まれています。(含まれるというか核の部分ですが。)
  • 勝坂式土器を一般的な「土器」と表記している場合があります。明示しないかぎり勝坂式土器を指します。
  •  このサイトでは、縄文時代中期の人々は母胎も畑も命を生み出す同じ存在だと考えていたことを繰り返し述べています。それは女性の命を生む機能が重要視されていたということを意味するものではありません。生活や出産が農耕・栽培と直結していたことが土器に表現されて約1,000年間も持続したということを主張しています。

考古館関係者の方々へ

 ここに紹介されている土器の画像については、非営利目的のブログ用のみ使用承諾をいただいたものです。発掘に携わった方々をはじめ、考古館職員の方々の土器の復元や管理など、並大抵ではないご苦労があった結果として、私たちは肉眼で土器を見ることができるようになったのです。そのことにまず感謝と敬意を表します。
 縄文文化は、日本のみならず、世界史レベルで評価されるべきものです。このサイトでは随時、各考古館の特徴や展示内容についても紹介させていただきたいと考えております。

考古館を訪れる方へ

 各考古館の職員の方々の縄文土器や縄文時代に対する考え方は、このサイトの考え方や立場と必ずしも同じであるとも限りません。土器の復元という気の遠くなるような作業をはじめ、遺物を大切に管理しているのは各考古館です。
このサイトの内容は縄文土器を見るときに、こういう視点で見る方法もありますよという一つの提案です。見てくださった方が考古館を訪れ、職員の方々と内容の相違があったとしても、柔軟に捉えていただきますようお願いいたします。

クリエイティブ・コモンズ

【表示】 このサイトは2009年に茅野市郷土研究会の会誌として出版された(続)縄文心象の内容をもとに構成されています。引用に関しては必ずサイト名とURLもしくは武居竜生著(続)縄文心象[2009年茅野市郷土研究会]の出典を明示していただくようお願いいたします。
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