文様一つが一つの意味を表すだけではない
配置や組み合わせによって複数の意味を持つ

武居幸重はさらに言葉をつづける。「縄文人は限られた面積の土器表面に、複数の意味を表す文様を配置しながら美的バランスをとる優れた技術と知性を持っていた。」

縄文人の見ていた世界

心象とは

文様はどのようにして誕生したのだろう。哲学者であり心理学者であるG・Hリュケは原始絵画と現代の子どもの絵を比較研究してこう述べている。

『この子どもは眼に見える馬鈴薯の葉っぱを描かず、眼に見えないものを描いている。土中に埋もれている球根、客観的現実ではなく抽象的観念、畑をとりまく境界線などを描いている。』『目の前にある実際の対象やあまり見たことのないものを再現しないで、むしろ心の中で見る対象、すなわち内的なイメージをあらわしている。』

 縄文人はただ眼に見える物を再現するのではなく、心にうかんでいる像を文様に再現するのである。

実物の特徴を表現し、イメージに代表させる

『内的イメージは対象の可視的属性から自然的、心的にひとつの選択を行うことによって成立する。われわれは心的な眼の存在、すなわち視覚にもたらされる諸要素からひとつの選択を行うことによって、一種の比喩を作る…』 

子どもの絵と同じであるから幼稚ということではない。表現方法の一つなのだ。このような手法を重ねて伝達・記録手段の究極の形として象形文字や文字が存在するのだ。