考古館で縄文土器を見ていると想像してください。目の前には様々な模様や造形で装飾された土器が並んでいます。私たちはそれを器(うつわ)だと思って見ています。だから、模様や造形の中にどこかで見覚えがあるような形や特徴を感じても、これは器(うつわ)なんだと無意識に考えて、その感覚を軌道修正するわけです。ところが縄文土器の中に器(うつわ)とまったく無関係な造形が大胆かつ巧妙に組み込まれていることがあるのではないかと思います。

 例えば男性自身(男性器)です。

「男性自身のように見えるけれども、それは目の錯覚で自分の思い込みなんだ」

 まるで見てはいけないものを見てしまったような感覚に襲われた時、自分が見ているのは器(うつわ)だという固定観念を捨てて、なぜ自分がそう感じたのか丁寧に造形や模様を観察してみるといいと思います。きっとそこにモチーフの特徴を表現している部分があるはずです。
 縄文の人々はモチーフの特徴を土器の中に巧妙に組み込む卓越した能力を持っていました。それが現代の私たちに伝わらないわけがない。そう考えています。

土器の底の部分に注目↓

 勝坂式と呼ばれる土器を作った縄文の人々は、土から作物が育まれることは母胎から命が生まれることと同じと考えていたのではないかと思います。
 土器は器(うつわ)の形をしていても「母胎」や「畑」を表現したもので、そこに男性の表現を組み込むことは自然なことだという考え方があったのではないかということです。ですから、土からできている土器=「母胎」「大地」と男性の造形を結合させて「愛し合うこと」「種まき」、「出産」「収穫」を土器に表現したのだと思います。
 それが彼らにとって望ましい理想的生活であり、それを表現した土器を作ることで繁栄が持続することを願ったのではないか。それが縄文時代中期の土器の意味だと考えています。

 

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