第5回 縄文土器の男性記号「男性自身」

 
「縄文時代の男性記号」という言葉から何を連想しますか? 
 おそらく石棒を連想する人は多いのではないでしょうか。石棒は縄文時代中期に主に北陸、中部、関東地方で作られました。集落や住居単位で何らかの祭祀に使用されたのではないかと考えられていますが、なぜこのようなものが作られたのかはっきりしたことはわかっていません。石棒が作られた地域は勝坂式土器が作られた地域とほぼ重なっており、男性を表すリアル系記号の一つとして使われていたと考えてよいと考えます。

石棒記録図 武居幸重著『縄文のデザイン』より

 石棒のようなリアルな男性記号が存在する一方で、勝坂式土器には男性自身の記号がほとんど見つかりません。しかし、男性自身を組み込んだと思われる土器があります。
 これは長野県富士見町の井戸尻考古館に展示されている土器です。全体を覆う装飾と形のバランスが美しく、思わず目がひきつけられる素晴らしい作品です。よく見ると胴部分に矢印のような形で男性自身を抽象化したと思われる記号が組み込まれています。

長野県富士見町曽利遺跡


 次は山梨県釈迦堂遺跡博物館に展示されている土器です。細部に至るまでしっかり装飾されていて、先ほどの井戸尻考古館の土器に負けず劣らず素晴らしい作品です。
 この土器の丸い底の部分ですが、男性自身を逆さまにした形に見えませんか?


山梨県笛吹市釈迦堂遺跡

 石棒が男性自身のように「見える」ことは多くの人が同意すると思います。なぜなら書籍やwebをはじめとするメディアの情報があらかじめ私たちの頭にインプットされているからです。しかし土器の一部分が男性自身に「見える」という情報はこのサイト以外にはほぼありません。判断の基準となる情報が少ないと、偶然そういう形に作られたとか、男性自身とは限らないとかいろんな疑問が生まれてきます。
 「見える」というのはあくまでも個人の主観や情報や経験に左右され、縄文記号の検証も常にそういう挑戦を受けています。そのことを念頭に置きながら「そう見える」ことが偶然でないと思われる例についてご紹介したいと思います。

 これは仮面の女神と呼ばれる長野県茅野市中ッ原遺跡の国宝土偶です。
仮面をつけた特異な姿をしていますが、横から見ると腹部が膨らんでいて妊婦であることがわかります。

長野県茅野市中ッ原遺跡

仮面の裏側に頭がありますが、男性自身に見えませんか?

 もし男性自身に見えたとしても偶然の一致かもしれません。この画像もたまたまそう見えるような角度で撮れただけという可能性もあります。
 しかし、頭部が男性自身であることをうかがわせる点があります。
 写真では陰になっていてわかりにくいのですが、頭部には逆V字のような造形がついていて、その下に渦巻がついています。渦巻きは単独の渦巻きのように見えますが、逆V字の内側の三角形の空間と渦巻きがオーバーラップして妊娠の記号に見えます。


 また、土偶を焼いたときに空気を逃がすためでしょうか、首の左右に穴が開いています。まず左の穴ですが外側が丸く縁取られて盛り上がっているように加工されています。その丸い縁を見ていくと下の部分をへら状のもので押さえた2本の直線があります。たまたま道具が当たってしまった可能性もゼロではありませんが三角形に尖った形になっています。

 次に右の穴です。影の部分もあるため写真ではわかりにくいのですが、丸い縁取りはありませんが穴の右下をヘラ状のもので押さえ込んであって、その周辺だけ穴が丸く盛り上がって見えます。そして押さえこんだ部分が小さな三角形の彫りこみのようになっています。

 これもやはり偶然ついたものなのでしょうか? 両方の穴を何度見ても、やはり2つの穴にはそれぞれ意図的に三角の形が追加されているように見えるのです。これだけ見事な土偶を作る加工技術があり、どこをとっても一分の隙もないのに、この2つの穴だけ誤って加工してしまったとは考えにくいのです。とにかく丸い穴には三角形の形をつけなければならない、そんなこだわりが感じられます。丸に三角形をくっつけたような形へのこだわり。それは出産の記号へのこだわりです。


 この土偶には、隠し絵やだまし絵のように注意して見なければわからないような記号がいたるところに組み込まれています。
 左右横からよく見ると出産の記号、後ろからよく見ると妊娠の記号、そしてちょっと引いてみると頭部に男性のリアルな記号、そして正面から全体を見ると妊娠した女性。この土偶は男性と女性が愛し合って妊娠して出産することを同時に表していると考えられます。

 そんなばかな。そんなのこじつけだ。5000年前の原始的な人間がここまで計算して土偶を作ったわけがない。これを読んでいる人の中にはきっとそう思う人がいるはずです。しかし無理もありません。記号に気が付いた自分でさえ最初はそう思ったのですから。
 しかし、記号から再現される意味を否定する根拠がない以上、この土偶の意味を事実だと受け止めざるを得ません。今まで以上に視覚的な効果にまで踏み込んで土器や土偶の記号表現を探る必要が出てきます。
 
 第2回の講座で縄文のビーナスは頭の部分に妊娠と出産の記号が配置されていると説明しました。きっと他にも視覚的な効果があるはずです。もう一度縄文のビーナスをじっくり見てみましょう。

 右から頭部を見ると妊娠の記号が見えます。

 左側からみると出産の記号が2つ重なった模様が見えます。


 正面から見ると妊婦です。

長野県茅野市棚畑遺跡

 後ろから見てみましょう。ふくよかで大きなお尻が特徴的です。仮面の女神のように男性自身がどこかに組み込まれている様子はありません。


 少し見る角度を変えてみましょう。


 何か気が付きませんか。


 土偶の下半身が男性自身に見えませんか? ぐるっと一周回って見ると下半身が男性自身に見える角度があるのです。

 男女が愛し合い、妊娠して出産する。中ッ原遺跡の土偶だけでなく棚畑遺跡の土偶も同じ意味を表していることになります。
 これほど記号的な構成が共通するのであれば、もはや男性自身に「見える」ことは単なる偶然ではなく、作者がそう見えるように作ったと考えるほうが妥当ではないでしょうか。

 さらに第1回の講座でご紹介した岡谷市海戸遺跡の顔面把手付深鉢を思い出してください。
 顔面の裏側を左から見れば妊娠の記号が見えて右から見れば出産の記号が見えました。女性であるフクロウと男性である蛇がセットで配置されることで男女が愛し合っていることを表していました。そしてこの土器を正面から見れば妊婦です。


長野県岡谷市海戸遺跡

 何が言いたいのかというと、これらの土器や土偶は姿や形はまったく違いますが、記号の意味から考えれば、同じテーマをそれぞれ様々な工夫で表現しているということになるのです。

 彼らの造形技術や記号の配置技法は時としてさりげなく、時として大胆であり、見ている側に思いこみや見間違いではないかと錯覚させるほどに巧妙です。しかもそれらは微妙なバランスで造形と一体化されています。まさに熟練の技と言っていいでしょう。
 これらの土器や土偶はどのように使用されたのかはっきりわかっていません。しかし個人や住居の単位を超えた集落や集団全体のシンボルとして、様々な技術を投入して作られたことが記号的側面からも浮かび上がってきます。
 
 考古館に出かけて彼らの素晴らしい作品を鑑賞してみませんか。
 距離にすればちょっとした旅行になるかもしれませんが、時間にすれば5000年前の時空を旅することができます。私たち日本人は彼ら縄文人のDNAをどれだけ受け継いでいるのかわかりません。しかし土器や土偶には私たちのルーツである永遠のメッセージが刻まれています。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
南アルプス市ふるさと文化伝承館

 次回から縄文記号の女性記号、フクロウ、妊娠、出産の記号をご紹介していきたいと思います。

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