「縄文時代」というと、石棒を連想する人も多いと思います。
 石棒は縄文時代中期に主に北陸、中部、関東地方で作られ、集落や住居単位で何らかの祭祀に使用されたのではないかと考えられていますが、なぜこのようなものが作られたのか、はっきりしたことはわかっていません。
 ただ、言えることは、石棒が作られた地域は縄文時代中期の勝坂式土器が作られた地域とほぼ重なっていて、男性を表す象徴的なものとして存在していたということだけです。

石棒記録図 武居幸重著『縄文のデザイン』より

 しかし、石棒のようなリアルなものが存在する一方で、勝坂式土器には男性自身をあらわすようなものがほとんど見つかりません。しかし、よく観察すると男性自身を表しているのではないかと思われるような造形があります。
 これは長野県富士見町の井戸尻考古館に展示されている土器です。全体を覆う装飾と形のバランスが美しく、思わず目がひきつけられる素晴らしい作品ですが、よく見ると胴部分に矢印のような形の造形が組み込まれています。

長野県富士見町曽利遺跡


 これは、おそらく男性自身を省略した表現ではないかと考えています。
 
また、次にご紹介するのは山梨県釈迦堂遺跡博物館に展示されている土器ですが、この土器も細部に至るまでしっかり装飾されている素晴らしい作品です。
 
 この土器の丸い底の部分ですが、男性自身を逆さまにした形に見えませんか?


山梨県笛吹市釈迦堂遺跡

 「○○のように見えませんか?」と言われると、そういわれればそう見えるような気がすることはよくあります。人間は、見たものを自分の身近なものに置き換えて理解しようとしますから、「見えませんか?」と聞かれると自分の身近なものを頭の中で思い出して、それに見ているものが重なった瞬間に「見える!」ということになってしまいます。 
 石棒のように男性自身をそのまま写実的に表現したものであれば、「見える」ことに異論を唱える人は少ないと思いますが、土器の一部分が男性自身に「見える」ということについては「本当にそうなんだろうか?」という疑問を持つ人が多いのではないでしょうか?

 しかし、重要なのはそう見えるとか見えないとかいうことではないのです。人間は見たものを自分の身近なものに変換して理解しようとする、それは現代の私たちも5000年前の縄文人も変わりません。彼らは当時の人々にとっても見ようによってはそう見えるものをわざわざ作っていたということが重要なのです。

 これは仮面の女神と呼ばれる長野県茅野市中ッ原遺跡の国宝土偶です。
仮面をつけた特異な姿をしていますが、横から見ると腹部が膨らんでいて妊婦であることがわかります。

長野県茅野市中ッ原遺跡

仮面の裏側に頭がありますが、男性自身に見えませんか?

 もしそう見えたとしても偶然の一致かもしれません。この画像もたまたまそう見えるような角度で撮れただけという可能性もあります。しかし、見ようによってはそう見えるものをわざわざ作っていることは事実です。
 しかし、記号という観点からみるとこれが男性自身と推測できてしまいます。写真では陰になっていてわかりにくいのですが、頭部には逆V字のような造形がついていて、その下に渦巻がついています。逆V字の内側のエッジは非常に丁寧に直線的に整えられていて、その部分を正面から見ると、三角形の空間と渦巻きがオーバーラップして一つの形になります。この形は渦巻三叉文とよばれる模様と同じで、このサイトではそれが女性や妊娠を表す記号だと考えています。

 
 記号の意味から考えれば、女性・妊娠の記号とセットになるように仮面の後ろにわざと男性自身を配置し、女性と男性が愛し合うことと同時に、妊娠を表しているのではないかと推測できます。推測から推測するのはおかしいと言ってしまえばそれまでですが、ここにも見ようによってはそう見えるという造形がわざわざ作られていることは事実です。
 

 そんな造形や模様はこれだけではありません。土偶の首の左右には穴が開いていますが、これは土偶を焼いたときに空気を逃がすためと考えられています。しかしこの穴にも記号がオーバーラップされているのではないかと思われる形跡があります。

 見にくい画像で申し訳ありませんが、土偶を正面から見て左の穴です。穴の外側が丸く縁取られています。へら状のようなもので押さえたのでしょうか、丸い縁取りの右下方向が直線になっています。加工の過程でたまたまそうなってしまったのかもしれませんが、その2本の直線が丸い縁取りの一部分を三角形にしています。

 ところが右の穴にも気になる部分があります。この画像も見にくい画像で申し訳ありませんが、穴の右下部分にヘラ状のもので押さえ込んだようなくぼみがあり、その部分が小さな三角形になっているのです。


  国宝に指定されるような、どこをとっても一分の隙もないほどに完成された土偶です。これだけ見事な加工技術がありながら、この2つの穴だけ誤って加工してしまったのでしょうか。

 丸と三角のセットは玉抱三叉文と呼ばれる模様です。玉抱三叉文は女性や出産を表す記号だったとこのサイトでは考えています。つまり、記号的な観点から見ると、丸い穴には三角形の形をつけなければならないという彼らのこだわりが、このような些細な部分にも表れていると思うのです。

 そう考えると、この土偶には隠し絵やだまし絵のように、見ようによってはそう見える記号がいたるところに組み込まれていることになりますが、それらが表しているのは『男女が愛し合い、妊娠して出産する』という意味だと考えます。

 そんなばかな。そんなのこじつけだ。5000年前の原始的な人間がここまで計算して土偶を作ったわけがない。妄想だ。これを読んでいる人の中にはきっとそう思う人がいるはずです。私もそれを頭から否定するつもりもありませんし、すべて偶然かもしれません。

 しかし、記号という観点からみると他の土器や土偶との共通性が浮かび上がってきます。

 国宝の縄文のビーナスですが、頭部の右側には渦巻き三叉文が見えます。(このサイトではそれが女性、妊娠を表す記号だと考えています。)

 左側は玉抱三叉文が2つ重なっているように見えます。(このサイトで女性・出産を表す記号だと考えています。)


 正面から見ると妊婦です。

長野県茅野市棚畑遺跡

さらに後ろから見てみると。


 土偶の下半身が男性自身に見えませんか?
  
もしビーナスの下半身が男性自身とオーバーラップされているとすれば、『男女が愛し合い、妊娠して出産する』という意味であり、記号の構成からみれば仮面のビーナスも同じ意味ということになります。

 第1回の講座でご紹介した岡谷市海戸遺跡の顔面把手付深鉢ですが、顔面の裏側を左から見れば渦巻三叉文(妊娠の記号)が見え、右から見れば玉抱三叉文(出産の記号)が見えます。また、フクロウの顔を抽象化した記号(次回以降の講座で説明しますが、双環と言って女性・母を表す記号だと考えています。)と蛇体(男性の記号)で男女が愛し合っていることを表していると考えます。

そしてこの土器も正面から見れば妊婦です。

長野県岡谷市海戸遺跡

 模様や造形を記号として分解した場合、その構成は驚くほど似ており、記号の意味から考えれば、同じテーマをそれぞれ独自の工夫で表現していることになります。

 彼らの造形技術や記号の配置技法は時としてさりげなく、時として大胆であり、見ている側に思いこみや見間違いではないかと錯覚させるほどに巧妙だと思います。しかもそれらは微妙なバランスで造形と一体化されています。まさに熟練の技と言っていいのではないでしょうか。
 これらの土器や土偶はどのように使用されたのかはっきりわかっていません。しかし個人や住居の単位を超えた集落や集団全体のシンボルとして、様々な技術や視覚効果を使って作られたことは間違いないはずです。
 
 考古館に出かけて彼らの素晴らしい作品を鑑賞してみませんか?
 距離にすればちょっとした旅行になるかもしれませんが、時間にすれば5000年前の時空を旅することができます。私たち日本人は彼ら縄文人のDNAをどれだけ受け継いでいるのかわかりません。しかし土器や土偶には私たちのルーツである永遠のメッセージがきっと刻まれていると思います。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
南アルプス市ふるさと文化伝承館

 次回から縄文記号の女性記号であるフクロウ、妊娠、出産の記号を具体的にご紹介していきたいと思います。

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