記号というと、なんだか小難しい印象になってしまいますが、彼らは文字を持たない代わりにマークのような記号を使っていたと考えます。そもそも男性自身の造形で「男性」を表すこと自体もひとつの記号の在り方ですが、今回は「女性」をストレートに表していたと思われる事例をご紹介します。(遺跡名は収蔵考古館にリンクしています。)

 土器の口の部分をぐるりと取り巻く装飾が見事なこの深鉢。一番目立つ部分には女性自身の装飾が配置されていると考えます。

長野県富士見町曽利遺跡

 あまり目立った装飾は付いていませんが、やはり土器の一番目立つところに女性自身を配置していると思われる土器です。先ほどの曽利遺跡の土器と比べると女性自身をやや抽象的に表現していると思います。

長野県富士見町藤内遺跡

 この土器もやはり土器の一番目立つ場所に女性自身を配置していると考えます。
 

長野県富士見町広原遺跡

 しかし、土器の一番目立つところに女性自身を配置するとは大胆な発想です。一体何を考えて彼らは土器に女性自身を配置していたのかということになりますが、この土器がそのヒントになると考えています。

長野県茅野市尖石遺跡

 この深鉢には口の部分に把手(とって)が一つあります。手前側はとぐろを巻いた蛇になっていて、その反対側は女性自身の造形と仮定すれば、蛇(このサイトでは男性を表す記号と考えています。)に対応する女性自身とセットになり、『男性と女性が愛し合っている』ことを表していると考えます。つまり、 彼らは女性自身を土器に配置することで女性の存在そのものを表していたと考えます。

 
 
 しかし、次のような土器を見ると、女性自身が表しているのは必ずしも女性の存在そのものだけではないと考えられます。次の画像は釈迦堂遺跡の土器ですが、黄色い円で囲んだ部分が逆さまの男性自身の形に見える例として第5回の講座でご紹介したものです。


山梨県笛吹市釈迦堂遺跡

 丸い底の部分(男性自身の頭の部分)には人の形がついています。そしてその人の形の胴体部分は女性自身の造形と重ねあわされていると考えます。


 今までの講座で何度もご紹介してきたとおり、彼らが土器に託したのは『男女が愛し合い、妊娠して、無事に出産する』というテーマです。そのテーマに従えば、この土器も男性自身と女性自身で『男女が愛し合う』という意味になり、出産を女性自身と人の形を重ね合わせることで表現していると考えることができます。つまり女性自身は女性という存在だけではなく、出産という行為も表していることになります。


 この土器もおそらく同様の意味だと考えます。一見すると首のない人のようですが、胴体部分を女性自身と重ねて表現し、そこからこどもが生まれてくることを表現したと考えられます。なぜ首を省略したのか理由はわかりません。彼らが表現したかったのは、子どもそのものというよりも、無事な出産そのものだったのかもしれません。

山梨県甲府市向井遺跡

 他にも出産をあらわすと考える例をご紹介しましょう。
 この浅鉢には4つの尖った突起がありますが、右側奥の突起の内側には女性自身と思われる造形が配置されています。そして左側奥の突起の内側には丸い穴のような造形が配置されています。

長野県富士見町下原遺跡

 この2つの造形には何の関連性も見出すことはできません。しかし、この2つの造形が女性自身を表していると仮定すると、右の造形は平常状態の女性自身で、左の造形は出産状態の女性自身を丸い穴で強調して示していると推測できます。つまり女性自身と丸い穴で強調された出産状態の女性自身が、一つの土器に同時に表現されているのではないかという仮定です。

 なぜそう仮定できると考えるのか、その理由は前回の講座でご紹介した土器の中に女性自身と丸い穴で強調された出産状態と思われる構図を見出すことができるからです。

山梨県笛吹市釈迦堂遺跡 水煙文土器

 右側のフクロウの把手に女性自身が配置されています。(女性自身は、女性・出産行為を表す記号だとこのサイトでは考えています。)

 

 女性自身の右側に大きく開いた穴があります。これが女性自身の造形と対比させて、出産状態を強調して表現している造形と推測します。

 なぜなら、この大きな穴は女性自身とオーバーラップされていると考えられるからです。
 角度を変えてみると大きな穴はフクロウの造形の左目の部分になっています。フクロウの片目だけを女性自身と重ね合わせるなんて通常の発想ではなかなか考えられませんし、ましてやそれを変形させて出産状態を強調するなど、もはや推測や想像を超えた妄想に過ぎないといわれてしまえばそれまでです。

 しかし、次にご紹介する土器を見ると彼らはそこまで計算して土器を作っていたと考える以外に説明がつきません。

山梨県笛吹市水呑場遺跡

 女性自身の造形と双環の左側が重ねあわされています。このサイトでは女性自身の造形は女性そのもの・出産を表す記号であり、双環はフクロウをモチーフとした女性・母・出産を守る存在を表す記号だと考えています。つまりこの土器の把手は女性自身と双環を重ね合わせることで、『無事に出産して母になる』という意味を表現しているのではないかと考えます。

 彼らは女性自身の造形やフクロウの造形を組み合わせて、時には男性と愛し合う女性を、時には命がけで子どもを出産する女性を表現したと考えます。彼らにとって女性とはそれだけ大切で神聖な存在だったといえるでしょう。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
南アルプス市ふるさと文化伝承館

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