第8回の講座では女性自身の造形の意味、第9回の講座では玉抱三叉文の意味について述べてきました。いずれも記号が土器や土偶の一部分に使われていたことを説明してきたわけですが、今回はさらにもう一歩踏み込んで、彼らが土器そのものを母胎と考えていた可能性について述べたいと思います。(遺跡名は収蔵考古館にリンクしています。)

 これは第6回の講座でご紹介した山梨県北杜市津金御所前遺跡の土器です。出産する母親を表しているとされていますが、このようなわかりやすい構図であれば、土器が母胎だと考えられていたことは想像しやすいと思います。

山梨県北杜市津金御所前遺跡
(土器の所在については北杜市教育委員会にお問い合わせください。)


 それでは他の土器についてはどうだったのでしょうか。1つの土器が母胎のように作られていたからと言って、他の土器もそうだったとするのはあまりにも無理があります。言えるのはせいぜいそういう土器があるかもしれないという程度でしょう。


 しかし、記号という観点から考えると他の土器もそうだった可能性が見えてきます。

 次の土器は口の部分に三叉文がついています。土器を上から見れば、口部分と三叉文で大きな玉抱三叉文に見えなくもありません。このサイトでは玉抱三叉文は女性・出産を表していると考えています。彼らはこの土器を母胎と同じように考えて作ったのかもしれません。

長野県富士見町藤内遺跡

 しかし土器の口部分に三叉文と似た造形があるからと言って、偶然そう見えているだけかもしれません。もしも他にもこのような土器が複数あるのであれば、土器の口部分と三角の造形の間には何らかの結びつきがあると考えよいかもしれませんが、これだけではまだまだ不十分です。

 これは長野県岡谷市の花上寺遺跡の土器です。この土器も口部分に三角形の造形が配置されています。

長野県岡谷市花上寺遺跡

 次の土器も口部分と並行する角度で三角の造形が配置されています。

山梨県北杜市原町農業高校前遺跡

 次の土器はフクロウを表す双環(女性,母,出産を守る存在を意味すると考えています)や丸い穴(子どもが生まれてくる部分である女性自身を省略したものと考えています)が多用されていて、記号の意味として出産を表していると思われる深鉢です。4つの突起の上部分は非常に丁寧に三叉文や三角形に整えられていて、まるで上から見られることを意識しているようです。確かに上から見れば口部分と三叉文 や三角の組み合わせで玉抱三叉文に見えます。

長野県茅野市下ノ原遺跡

 やはり彼らは土器の口部分と三角形の間に何らかのつながりを意識していたのでしょうか。

 もっと他にも探してみましょう。次の土器は皿に脚をつけたような変わった形ですが、皿の縁部分に耳のような三角の出っ張りがあります。(片方が少し欠損してますが)そしてこの土器も上から見ると玉抱三叉文に見えます。

山梨県北杜市大泉町甲ッ原遺跡

 これもそう「見える」だけかもしれませんし、実際は何か別の理由で口部分に耳のような造形がつけられているのかもしれません。しかし記号の構造から考えると、この土器はある一連の出来事について表しているのではないかと思います。

 皿の側面の膨らみに渦巻三叉文が刻まれています。次回以降の講座で述べますが、このサイトでは渦巻三叉文は妊娠や妊婦を表す記号だと考えています。また、皿を支えている脚部分には女性自身を抽象化したと思われる穴があります。これらの造形を記号の意味でつなぎ合わせてみると…

・脚の部分の女性自身 → 女性
・皿の横の渦巻三叉文 → 妊娠・妊婦
・上から見た皿の玉抱三叉文 → 出産

 妊娠から出産までの経過を表現していると考えることができます。

次は今までの講座で何度も登場している土器です。

長野県茅野市尖石遺跡

 この土器は蛇体が男を表し、玉抱三叉文が女性・出産を表していて「男女が愛し合って出産する」という一連の出来事を表現していると考えたものです。今までは説明の都合上あえて触れませんでしたが、土器の口部分の下にも三叉文があり、この三叉文と土器の口部分を一体化して見ると、そこに大きな玉抱三叉文が見えてきます。そして、この土器の口部分には紐のような造形が付いています。これは土器からへその緒が外に出ている状態を出産として表しているのではないかと考えます。もちろんこれも仮説的推論ですが、もしそうだと仮定すると、土器の口部分はこどもが生まれた瞬間を丸い大きな穴として女性・出産を表す玉抱三叉文とオーバーラップさせて表していることに通じてきます。

 このような土器はこればかりではありません。次の土器も口部分から外側にかけて紐状の造形が付いています。奥には把手があり、蛇体(男性の意味)の省略形と女性自身(女性の意味)の省略形、フクロウを表す双環(女性・母・出産を守る存在の意味)が組み合わされていて、「男女が愛し合って出産する」意味になっていると思われます。把手だけでも出産の意味を十分表していると思われますが、紐状の造形をへその緒だと仮定すれば、土器そのものを母胎にオーバーラップさせて無事に出産することをより丁寧に表現しているとも考えられます。

長野県富士見町藤内遺跡

 前回までの講座では、彼らが土器の一部分に女性自身の造形や玉抱三叉文を配置して、女性そのものの存在や出産を表しているということを述べてきました。しかし記号的な観点から考えると、彼らは土器の一部分どころか土器全体を母胎として製作していたのではないかと思えてきます。

 そこまでして彼らが苦心して製作した土器とは一体何だったのでしょうか。彼らは何のためにこれらを製作したのでしょうか? 記号的な側面から一歩踏み込んでもまだまだ謎が現れます。

 巷では縄文ブームといわれています。東京の博物館で縄文展が開催され、国宝級の土器や土偶が全国から集められています。そういう展示を見に行く価値があることは確かです。しかし、全国の考古館では職員の方々が企画する様々な展示があります。それは埋蔵文化財を発掘し、記録し、復元し、管理し、日々地道な努力をされている方々にしかできない展示です。
 是非、そちらにも足を運んでいただければと思います。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
南アルプス市ふるさと文化伝承館

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