縄文土器で代表的な模様と言えば蛇の模様と答える人は多いのではないでしょうか。蛇は比較的わかりやすいモチーフですし、土器の目立つ部分に使われていることからも代表的な模様と言っていいと思います。

 しかし、なぜ土器の装飾に蛇が選ばれたかについてはいろいろな意見があります。例えば、脱皮を繰り返すので再生の象徴であるとか、毒をもっているので力の象徴であるとか、男性器に形が似ているので男性の象徴であるとか様々です。本当のところは彼らに聞くしかないのですが、彼らにとっては蛇でなければいけない特別な理由があったはずです。その理由はきっと蛇の生態に隠されていると考えています。

 私たちは蛇の餌と言えばカエルをイメージします。しかしカエルを主な餌としているのはヤマカガシやシマヘビなどで、マムシやアオダイショウはネズミが主な餌です。
ヤマカガシやシマヘビはカエルが住んでいる水辺を生活のテリトリーとしていますが、マムシやアオダイショウはネズミの住む畑や家屋をテリトリーとしています。だから、マムシやアオダイショウは昔から人間の生活範囲と深いかかわりがあるのです。
 マムシは毒をもっているため、現代では危険な存在と考えられていますが、本来こちらから攻撃しない限り温厚で、むしろ農耕社会では畑をネズミから守ってくれるありがたい存在であり、アオダイショウも家から疫病の媒介となるネズミを駆除してくれる有益な存在だったはずです。

 現在でも日本列島各地でヘビを豊かさの象徴としてあがめたり、倉や家屋の守り神として大切にする風習が残っています。これもマムシやアオダイショウが人間の生活にとって有益な存在だったことと無関係ではありません。
 中部、関東地方の勝坂式土器に蛇が多く使われているのも、おそらく同じ理由だと考えています。その地域が栽培・農耕を中心に生活が営まれていたとすれば、蛇は非常に有益な存在であり土器の目立つところに配置して害獣の駆除と豊作を願ったことも不思議ではありません。

 しかし土器に蛇が使われた理由はそれだけではないという研究があります。
1986年に武居幸重は、長野県茅野市和田遺跡の蛇の把手(とって)に丸い玉がついていることに注目し、それは男性器の睾丸を表していて、「蛇」は「男性」という2重の意味で使われていると唱えました。男性も蛇と同じように家や栽培・農耕エリアなどの生活の重要テリトリーを守る存在だったというのです。武居幸重はこれを当時の母系社会が徐々に男性系社会に移り変わっていく前兆と位置付けました。
 蛇なのに男性を表している。このように本来違うものを意味として結びつける現象を記号学では記号現象と呼んでいます。武居幸重は縄文土器の装飾が記号である可能性を最初に指摘した研究者といえるでしょう。