土偶の意味

 おそらく彼らにとって人生最大のテーマは母子ともに無事に出産を終えることだったと思います。土偶がそれを表したものであることは一目瞭然ですが、その土偶に男性系の記号が組み込まれている場合がしばしばあります。母胎である土偶に男性の記号を一体化させ、命のはじまりを表すと同時に母子ともに無事な出産を祈ったのではないかと思います。
 それにしても何故そこまでする必要があったのでしょうか? 
彼らにとって男女が愛し合うことも重要なテーマだったはずですが、そこには別の意味も含まれているように思えます。
 これはあくまでも想像ですが、彼らは生活に欠かせなかったであろう栽培エリアの種まきや収穫も、妊娠と出産にオーバーラップする重要なものと考えていたのではないかと思います。
 土器や土偶を見るとき、どう見えるのか、何を感じるかが重要です。その感覚を深く掘り下げると必ず理由があるはずです。

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縄文農耕へのカウントダウン

縄文時代中期の勝坂式土器の中から、続々とダイズや小豆の圧痕が見つかっているようだ。それだけではない。土壌からもダイズや小豆の炭化種子が続々と見つかっているようだ。
 土器の中から大豆が見つかった例としては、2007年に山梨県北杜(ほくと)市の酒呑場(さけのみば)遺跡で出土した縄文時代中期の土器から、大豆の圧痕(あっこん)が発見されたニュースはまだ記憶に新しい。取手の部分に大豆が意図的に埋め込まれていたということが話題となり、当時の栽培植物の中のダイズがたまたま見つかったというような扱いだった。
 ところがその後のレプリカセム法というシリコンでかたどった圧痕を電子顕微鏡で調べる調査の技術進歩と、研究者の増という環境も相まって、どうやらダイズの圧痕は酒呑場遺跡の土器だけではなく、かなりの頻度で勝坂式土器の中から見つかっているようだ。
 また、土器以外にも土壌の中からもダイズや小豆の炭化種子が続々と見つかっている。長野県の考古学会長の会田進氏も、岡谷市の遺跡の土壌のフローテーション調査(乾燥した遺跡の土壌を水に入れて浮いてきた種実を回収する方法) と土器の圧痕調査を通じて、「やればいくらでも種実圧痕が出てくるので、もはやマメはあって当然のことと思っている…」とまで私信で述べているようだ。会田氏は「今回の発見は縄文農耕論を立証するものとは言えない。」と公式発表しているが、農耕論者でなくても中期の土器や遺跡土壌からは、今までメジャーフードとして想定されてきた栗やドングリ以外のダイズ、小豆が検出され続けていることを認めざるを得ない状況なのだ。

 なぜこのような事態になっているのか。

 それは、残りやすいものだけが残っているという現実をそのまま当時の生活の実態としたのが一因しているようだ。中身だけ食べて硬い殻が廃棄されるオニグルミやドングリやクリと、種子そのものを食べてしまうダイズやアズキとでは、遺跡に残される確率が格段に違う。そういう残りやすさの度合の違いを考慮するまでもなく、今までの発掘では検査方法の限界からマメ類自体はきわめて少なかった。ところが調査方法が進化したことで、土器や土壌からの出現率が非常に高くなってきたというわけなのだ。
 例えば、ドングリ類がまとまって発見されるのは、ドングリピットと呼ばれる貯蔵穴であり、これは考古学者にとっては低湿地で見つかるべきものとして躍起になって探す好対象となっているようだ。結果的に多数の貯蔵穴が見つかることになる。しかし、台地では炭化しないかぎりは保存されないから、保存目的のものとそうでないものの保存率の違いは歴然としている。「残りやすいものだけが残っている」だから残っているものだけで判断するならば、クリやドングリがメジャーフードということになってしまう。

 レプリカ法で数々の実績をあげ続けている熊本大学の小畑弘己教授はその著書「タネをまく縄文人」でこう述べている。

 「北陸地方・中部地方・西関東地方のダイズやアズキの圧痕のサイズから見て、縄文時代中期に大型化することから、縄文時代前期の終わりごろに栽培が開始され、中期には大規模な定住集落が中部地方と西関東地方を中心に展開する。やがて縄文時代中期末には遺跡数が減少し、規模も小規模になるが、その頃から徐々に九州に向かって西日本に大豆が展開し始める。(一部要約」

 今まで「縄文農耕」と言えばメジャーフードが特定できないばかりに異端視されてきた。しかしあと数年もすれば、「狩猟採集中心」「栽培」ばかり言っていると逆に異端扱いされかねないことになるのだろうか。

縄文土器にエゴマが練りこまれている?

エゴマというものが縄文の遺跡からたびたび見つかっていることは知っていた。しかしゴマごときが主食になりえるとは思えない。

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 ところが、2015年12月に、富山県の小竹貝塚の6000年前の土器にエゴマが練りこまれていたというニュースが流れた。山梨のダイズ土器や長野県下伊那郡のアズキ土器のように、近年の発見で土器に食物を練りこんで焼くことが、ごくごくまれというわけではないということがわかってきた。そこにもってきて直径24cm高さ24cmぐらいの土器に、両手にほぼ1杯のエゴマが練りこまれて焼かれたというのだ。
 土器の大きさに対してエゴマは結構大量に混ぜ込んであるなあ。きっと土器を焼くときはゴマの香ばしい香りがしただろうとか呑気な想像をしていたが、エゴマについて少し調べてみると非常に実用性のあるものということがわかった。

 エゴマはゴマという名前がついているけれど、紫蘇とほぼ同種のもので、ゴマとはまったく別のものらしい。葉も種子も食用になり、特に種子はαリノレン酸という成分が豊富に含まれているらしい。これは体内で分解されるとEPAやDHAという青魚に含まれている成分と同じものになるから、今の健康食やサプリメントブームの中でも話題になっているようだ。

 そうか、青魚が食べられなかった内陸では上質の食料だったろうなあ。またまた呑気に考えていたところ、エゴマの実用性はそれだけではなかった。

 エゴマの実には40%ほど油が含まれていて、絞ると油がとれる。この油は灯具用の油として室町時代の終わりごろまで使われていたらしく、他にも塗料、防水剤、油紙、和傘、提灯など、菜種油が流通するようになるまで使用されていたというのだ。
  そんなエゴマを大量に土器に練りこんで焼いたのはなぜだろうという本題。
燃やすことが目的ならそのまま火中に投じればいい。練りこむことで土器の強度が上がったりするという実用面があるのかといえばそういうことはまったくない。むしろ強度は低下し、実用性は下がる。でも練りこんで焼く。土器を焼くために大量の薪を使用して焼く。なぜか。

 彼らは、一見無駄な行為をしているように見えるけれど、それは彼らにとっては大真面目で不思議でもなんでもない普通の行為だったはずだ。なぜなら、土器を焼くという行為は、命を育てる畑であり母胎である土を使って土器という形を固定化する行為だった。現代風に例えれば、忘れてはならない情景を写真に収めたり、願いを込めて彫刻したりするのと同じこと。大地にエゴマがたくさん育ちますように。そう思って土器にエゴマの種子を撒いて混ぜて練って焼いた。ヒジョーにふつうのことで、別に無駄にもったいないことをしたわけではなかったのだろう。 彼らの生活の中では、エゴマやダイズや小豆というものが確実にランキング上位にあったはずで、その理由は実用性も含めて必ずあるのだと思う。

エゴマはただのゴマ程度のものではなかったのだ。

 

 

出産の表現


 女性が命がけで出産すること、母子ともに無事であることは彼らにとって最大のテーマだったと思います。もちろん今以上に死亡率は高かったはずです。
 土器にはそのような女性の出産後の状態を表していると思われる表現があります。どのような表現なのかというと、女性系記号にへその緒を抽象化した隆帯や紐状の模様を連結するような表現です。
 また、その表現は無事に作物が収穫できるという意味も込められていたのではないかと思います。つまり、無事に収穫ができて命をつなぐことができることと、無事な出産がオーバーラップしていたからこそ土器に出産後の場面が記されているのではないかと考えています。

例1 女性のこどもが生まれてくる部分を抽象化した造形に隆帯を連結して口縁部をぐるりと取り囲んでいる例。女性からへその緒が出て、無事な出産を表していて同時に収穫も表していると思われます。

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例2 これも女性の、子供が生まれてくる部分の造形に隆帯を連結して、無事な出産を表現していると考えられます。子供が生まれてくる部分をカエルのような造形とオーバーラップさせているようにも見えます。

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例3 一部破損していますが、こどもが生まれてくる部分の形状と隆帯を連結させて女性からへその緒が出ている状態を表現していると思われます。これも出産と収穫の表現ではないかと思われます。

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例4 玉抱三叉文と蛇体文で男女が愛し合う(種まき)と出産(収穫)を表し、さらに逆三角形の隆帯に隆帯を下方に連結しているように見えますが、ちょっとわかりにくいですね。 でも反対側から見ると …

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 土器の口縁部にも隆帯が連結しています。彼らは土器そのものを母胎や栽培エリアを表したものと考えていたと思われますが、母胎から出産を終えて出てきたへその緒を隆帯で表現しているのではないかと考えています。

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 例5 これも土器を母胎に見たてて、口縁部からへその緒が出ているという構成になっていると思います。

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愛の表現

 彼ら縄文人は、男性と女性が愛し合うことはとても重要だと考えていたと思います。そして女性が妊娠し、命がけで出産することはもっと大切で重要なことだと考えていたと思います。
 また、無事に出産した子どもが健やかに成長するためにはしっかり食料を確保することも重要だったはずです。安定した食料を確保するためには狩猟だけに頼ることはできません。もっと安定的に食料確保ができるように作物を育てることにも力が注がれたはずです。つまり種まきに始まり、作物の成長、収穫が順調であることも重要だったはずです。
 彼らは愛の表現と出産という2つの人間の営みを、種まきと収穫にオーバーラップさせて装飾的に土器に表現していると考えています。愛の表現は男性系の記号と女性系の記号を近接させて配置します。

 男性系の記号とは、「蛇」であり、女性系の記号とは「双環文(フクロウ)」「玉抱三叉文」「渦巻三叉文」「区画文」です。この2種類の記号を組み合わせることによって男女が愛し合うということを表現しています。

 この例では、玉抱三叉文を取り囲むように蛇体文を配置し、愛し合っていることを表しています。玉抱三叉文は出産という意味もあり、愛し合って出産するという意味にもなっています。また、これは種まきと収穫という意味も2重に表している可能性があると思います。

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 蛇頭部が欠けてしまっていますが、上の例と同じく縦の玉抱三叉文に寄り添うように配置されている蛇体文。これも愛し合い出産するという意味だと思います。

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 双環文と、その上に配置されたとぐろを巻く蛇体文。畑を守る役割のフクロウ(女性)と蛇(男性)による典型的な愛の表現です。男女が愛し合うことを表すと同時に種まきも表していると思います。 

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 これもおなじく双環文の上に配置される蛇体文です。これも男女が愛し合うことを表すと同時に種まきを表していると考えられます。 

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 これも双環文の上に蛇体を配置し、男女が愛し合っている状態を表しています。蛇体の尾の部分は、女性から赤ちゃんが生まれてくる部分を抽象的に表した女性記号になっていて、この蛇体だけでも男女が愛し合っている表現にもなっていると思います。 

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 横から見ると渦巻き三叉文があります。渦巻三叉文の意味は女性、妊婦です。

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 この例では蛇体と双環文を重ね合わせています。小さい円文が並んでいますが、マムシの銭型模様を抽象化していると考えられます。これも男女が愛し合うという意味になると思います。

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 これは反対側です。女性から赤ちゃんが生まれてくる部分を比較的リアルに表現していると思います。男女が愛し合うという意味と出産を同時に表していると考えています。

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双環文(フクロウ)

 縄文土器には穴が2つ連結した双環文と呼ばれる模様が多く使われています。

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 このサイトでは双環文のモチーフはフクロウだと考えています。彼らはフクロウを使って何らかのテーマを土器に与えていたと考えます。

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 フクロウの主な餌はネズミです。畑の近くの雑木林の木の穴などに好んで巣を作り、そこで子育てしながら生活しており、本来は人間の居住エリアと密接なかかわりがある動物だったようです。
 フクロウのこどもは食欲旺盛で、一晩に1匹でおよそ2~4匹のネズミを食べてしまうそうです。そうなると親フクロウは自分が食べるネズミを含めて1日のうちに数十匹のネズミを捕まえなければなりません。
 その生態を生かして江戸時代は畑の周りにフクロウが待機しやすいようにとまり木を建ててネズミの駆除に利用していたと言われており、現在でもイスラエルや南アフリカでは、農薬を使わないネズミ駆除対策として、フクロウを導入して大きな効果をあげているそうです。
 それだけネズミ駆除効果の高いフクロウは、蛇とならんで農作物の収穫を左右する重要な存在であり、縄文時代においても栽培・農耕が行われていた地域では、蛇と並んで集落にとって大切な守り神として縄文土器に記されたのではないかと考えています。

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 双環文には、玉抱三叉文を使ったものが少なからずあります。玉抱三叉文を2つ並べ、それぞれの円孔部分をくっつけて双環文にしているのですが、このサイトでは玉抱三叉文は「女性・母・出産」という意味の記号と考えており、フクロウは「女性・母・出産を守る存在」として擬人化されて使われていたのではないかと考えています。

玉抱三叉文を組み合わせて双環文にした典型的な例 ↓

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 これはあくまでも想像ですが、木の穴でせっせと子育てをするフクロウの生態と、母胎で子供を育てて命がけで出産し、出産後も忙しく子育てする女性の姿をオーバーラップ(同一視)させていたのではないでしょうか。

双環文は「フクロウ」でもあり「女性」でもあり「母」でもある記号だと考えています。

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玉抱三叉文

 
 勝坂式土器によく使われている装飾として玉抱三叉文(たまだきさんさもん)があります。これは丸い穴と三角形の三叉文(各辺が内側に向かって湾曲している三角形)がセットになっている装飾ですが、三叉文が玉を抱き込んでいるように見えることからそう呼ばれています。

 わかりやすい例として尖石遺跡の土器があります。土器の口部分の蛇体の下に丸い穴と三叉文が並んでいますが、これが玉抱三叉文です。

長野県茅野市尖石遺跡

 しかし、この奇妙な形の装飾は一体何を表しているのでしょうか?

 
 次の土器は女性自身(母胎の出口)を装飾として使っていると思われる土器です。楕円で囲った部分が女性自身の表現であり、「女性」「出産」を表していると考えます。

長野県富士見町曽利遺跡 

 玉抱三叉文は、この女性自身(女性器)の装飾をシンプルにしたものと考えています。子どもが生まれてくる穴の部分と、接している襞(ひだ)の部分を抽象化し、「女性」と「出産」を表すマークのような記号として使っていたと考えています。

 

 彼らは、様々な女性自身(女性器)の装飾を土器に埋め込むだけでなく、より誰でもわかりやすい記号のような「玉抱三叉文」を、土器のデザインや面積に応じて効果的に使っていたと考えられます。

 それではいくつか例を見てみましょう。次の土器の画像では黄色で囲まれた蛇(このサイトでは男性の意味だと考えています)と青色で示した玉抱三叉文(女性・出産の意味だと考えています)で男女が愛し合っていることを表し、同時に出産も表していると考えます。

長野県茅野市尖石遺跡

 この土器も蛇(このサイトでは男性の意味だと考えています)とフクロウ(このサイトでは女性・母・出産を守る意味だと考えています)で男女が愛し合っていることを表し、玉抱三叉文(女性・出産)で出産を表しています。フクロウは女性であると同時に母も表しているので、無事に出産を終えて母になるという意味が込められていると考えています。

長野県岡谷市海戸遺跡

 国宝である棚畑の土偶も、下半身が男性自身(男性器)に見えるように作られていると仮定すると、土偶全体が男女が愛し合った結果として妊娠したことを表していることになります。頭部の渦巻三叉文(この画像では玉抱三叉文の反対側にあるので見えませんが、このサイトでは妊娠の意味だと考えています)と玉抱三叉文(女性・出産の意味)で、「愛し合って妊娠と出産」という意味になっていると考えます。


長野県茅野市棚畑遺跡

 国宝仮面の女神も、仮面の裏の頭部分がわざと男性自身(男性器)に見えるように作られていると仮定すれば、男女が愛し合った結果、妊娠していることを表していると考えます。首の両側に玉抱三叉文(女性・出産の意味)があり、仮面の裏の男性自身の下には渦巻三叉文(女性・妊娠の意味)があるので、これも「愛し合って妊娠と出産」を表しているしていると考えます。


長野県茅野市中ッ原遺跡

 彼らは一見すると意味不明な造形や模様を使っているように見えますが、このように記号の役割を果たす装飾をところどころ使って土器や土偶を作っています。おそらく当時の人々は、その装飾の意味を理解していて、その装飾がどのように工夫されて使われたのかということまで評価されていたのではないかと考えます。また、そのような意味をはっきり表す装飾を使うことによって、それ以外の部分を大胆で個性豊かな造形として表現することができたのではないかと思います。

 もしもこのような定型的な絵文字に近い記号がそのまま
継続して発達していたのであれば、やがてエジプトやメソポタミアで使われていたような「文字」へと発展していたのかもしれません。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
南アルプス市ふるさと文化伝承館

 

渦巻三叉文

 渦巻三叉文(うずまきさんさもん)は玉抱三叉文の円のかわりに渦巻きが配置された模様です。母胎の中にへその緒を抽象化した渦巻が存在している、つまり「妊娠」「妊婦」の状態を表しているのではないかと思われます。

 渦巻三叉文は、区画文に組み込まれて使われることが多いことから、大地で命が育くまれ「作物が成長している」「命を宿している」状態を表すときにも使われていると思われます。

女性の記号

 縄文時代の人々は、母胎で子供が育って無事に生まれることと、土から作物が成長して収穫されることは同じことだ考えていたのではないかと考えます。なぜなら、彼らはしばしば縄文土器に女性自身と思われる造形を使っているからです。

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 彼らにとって縄文土器は土でできた器(うつわ)でありながらも、生命を宿す「女性」や「大地」を表すものであり、 無事な出産や豊作をもたらす母胎のようなものだったのではないでしょうか。だから土器には女性自身の造形が使われたり、時には男性の意味を持つ造形まで使われていたのではないかと考えます。
 つまり彼らは、女性と男性が愛し合う行為と同じように、大地に種がまかれることによってすべての命が生まれると考えていたのだと推測します。
 道具としての器(うつわ)という固定観念を捨てて縄文土器を見ると、彼らが何を考えていたのかが徐々に見えてくるような気がします。

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区画文

 母胎から命が生まれることは、土から命がはぐくまれることと同じことであり、彼らは母胎=大地という考えを持っていたと思われます。ですから区画模様を畑を抽象化した記号だと解したいところですが、残念なことに今のところ畝(うね)の跡などの畑の存在を証拠立てるようなものは見つかっていません。つまり、どのような形態の栽培・農耕が展開していたのかまだはっきりわかっていないのが現状です。
 しかし、区画文の中に玉抱三叉文を組み込んでいる例が多くの土器に見られ、これは「出産」と「収穫」をオーバーラップして表現しているのではないかと思います。また、渦巻三叉文を組み込んでいる場合もあり、これは「妊娠」と「成長」をオーバーラップさせて表現しているのではないかと思います。仮にそれが正しいとすれば、栽培・農耕に適した一定エリアを区画模様で表現していた可能性も高いと思っています。

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