第11回 土器は母胎(解説)

前回の講座では約20分の出産の映像を見ていただきました。普段見慣れない映像だったので強い衝撃を感じた人もいるかもしれません。しかし、母親が力を精一杯振り絞ってこどもを産む姿は、緊張感に満ちていて、無事にこどもが産まれた瞬間は安堵感が映像から伝わってくるようでした。映像を見ただけで出産を擬似体験したなどと言うのもおこがましいのですが、出産の大変さを少しでも感じることができた映像だったと思います。

今までこのサイトで「土器には母胎や出産を表しているものがある」と述べてきました。おそらくほとんどの人はこの出産の映像を見るまで、それが何のことかさっぱりわからなかったと思います。しかし映像を見た後は、出産場面と土器画像のどこが共通しているのか無意識に比較したはずです。

このことから分かるように、人間は記憶していないことについてはまったく理解できないのに、体験することによって記憶が生じると、それまで理解の範囲を超えていたことを理解しようとします。前回の出産映像と画像でそのことを体験していただけたでしょうか。

前置きが長くなりましたが、今回は出産場面を引用しながら土器の解説をしていきたいと思います。

http://earthbirthmethod.com/

”No matter what choice of birth method, the aim is to give birth consciously, to be in harmony with all of life, especially life on spaceship earth. It’s not just about natural birth or giving birth in nature – the aim is to help people reconnect with nature, to see birth as part of a greater whole.”– Simone

映像は約20分に編集されていますが、おそらくこどもが母胎の出口に出てくるまでは長い辛い時間が経過していたはずです。13分を経過するあたりから、いよいよこどもの頭が母胎から出てきますが、頭が出るまでがやっと一つの山場であることがわかります。

ようやくこどもの頭が出て、母親が仰向けになった画像です。この場面に関連すると思われる土器について何点かご紹介したいと思います。


山梨県大泉町西井出古林第4遺跡

この土器の胴部分には双環のような造形がついています。双環は通常2つの丸い穴ですが、この土器は穴ではなく丸く盛り上がっていて、まるで目玉のような造形になっています。

見る位置を少し変えてみると、玉抱三叉文から丸い球体がせり出しているのがわかります。このサイトでは玉抱三叉文は女性自身(母胎の出口)を示す記号だと考えていますから、その中の丸い球体はこどもの頭と推測できます。

山梨県甲州市安堂寺遺跡

この土器も、母胎の出口にこどもの頭が出てきているのではないかと考えます。玉抱三叉文ではありませんが、涙のような形が女性自身を表していて、その中が丸く盛り上がって子どもの頭を表していると思います。

しかし、これだけでははっきりしないと考える人もいるでしょう。そこで、このような丸い球体の造形に加えて、出産の場面に関する別の特徴を表していると思われる土器をご紹介しましょう。 まず出産の場面の画像ですが、こどもの頭が出ている母胎の出口に三角形の襞(ひだ)が見えています。この部分をよく覚えておいてください。

山梨県都留市九鬼Ⅱ遺跡

この土器の把手には丸い部分がついていて、顔面把手のように見えますが、その顔面には目はおろか口や鼻さえありません。いわゆるのっぺらぼうなのですが、なぜこのようになっているのか、理由はよくわかっていませんでした。

よく見ると球体の上に三角の突起がついていて、先ほどの三角形の襞(ひだ)の部分と同じ特徴を表しています。つまり、この丸い部分はこどもの頭だからのっぺらぼうなのであり、三角の部分は出産を象徴する襞(ひだ)部分を表していることになります。

引き続き出産の場面に戻りましょう。いよいよ頭に続いて肩の部分が出ようとしている場面です。出産を象徴する三角の襞部分と、母胎の出口全体がこどもを生み出すためにさらに大きく広がろうとしています。母親は今まさにこどもを生み出そうと最後の力を振り絞っているところです。

山梨県北杜市甲ッ原遺跡

この土器の縁部分の三角も、先ほどの母胎の出口の三角の襞の特徴と一致しています。

つまり、この土器はこどもを生み出そうと全力を振り絞って広がっている母胎を表していて、なおかつ玉抱三叉文にもなっているのです。このことからも玉抱三叉文は女性自身(母胎の出口)であることに間違いないことが分かります。

長野県富士見町下原遺跡

この土器の口部分の三叉文も母胎の出口のの特徴を非常に良くとらえて表現していると同時に、丸い土器の口部分と合わせると玉抱三叉文になっていることが分かります。

山梨県高根町 蔵原東久保遺跡

この土器も楕円の穴の両側に三角形が付いており、出産のために精一杯力を振り絞っている母胎の出口を表すと同時に玉抱三叉文を表していると考えられます。

山梨県笛吹市境川町 一の沢遺跡

この土器は、通常の土器としては想像もつかない奇妙な形をしています。土器の丸い口部分に外側向きではなく内側向きに三角がついている例だと考えると、こどもを生み出そうと力を精一杯振り絞っている母胎であり、かつ変形した玉抱三叉文であると考えていいかもしれません。外側の線状の造形はへその緒を表しているのかもしれません。

ようやくこどもが無事に生まれました。見ている私たちも思わずほっとしました。

こどもが母親に抱きあげられた瞬間です。この画像にこどもは映っていませんが、まだ母胎とつながっているへその緒が一瞬見えたのがおわかりいただけたでしょうか。このへその緒も、無事にこどもが生まれたことを象徴するパーツだと思います。

長野県茅野市尖石遺跡

長野県富士見町藤内遺跡

 この2つの土器は第10回の講座でご紹介したものです。その時はあまりピンとこなかったかもしれませんが、こうして出産の映像を見ると、土器の口部分から延びるへその緒のような造形が、こどもが無事に生まれたことを象徴的に表すサイン(記号)になっていることが想像できるのではないでしょうか。 そう考えると、土器の口の縁から紐状のものが垂れ下がっている装飾の土器は、子どもの全身が母胎から完全に出て、へその緒だけがまだ母胎と繋がっているものの、子どもが無事に出産したことを表しているのではないかと思えます。

長野県富士見町 井戸尻遺跡3号址

長野県岡谷市花上寺遺跡

長野県富士見町藤内遺跡

長野県富士見町藤内遺跡

山梨県大泉町西井出 寺所第2遺跡

母親に抱きかかえられるこどもです。母子ともに命がけでした。

山梨県甲府市向井遺跡

この土器も口部分に三角の出っ張りがついています。これもおそらくこどもを産むために力を精一杯振り絞る母胎を表していて、こどもがそこから無事に生まれたということを表していると思います。

さて、ここまでは出産の場面をクローズアップした土器をご紹介してきました。次は出産する母の全体像が土器に表現されていると思われる例をご紹介したいと思います。

山梨県北杜市石原田北遺跡

この土器の口部分にはフクロウの顔の造形がついています。

そしてその下にハートのような形の造形があります。

このハート形の部分ですが、角度を変えてよく見ると、何か丸いものが中からせり出しているのがわかります。

ハートの造形から左右に伸びているのは手でしょうか、足でしょうか、いずれにしても奇妙な造形です。(左の3本指の部分は推測による復元)

これを足だと仮定してみましょう。

すると、フクロウの頭からこの足までがフクロウ全体を表していることになります。ハート形はフクロウの股間部分にあたり、母胎の出口からこどもの頭が出つつあると考えることができます。このサイトではフクロウは女性・母・出産を守る意味と考えていますから、母親の出産場面と出産を守る存在であるフクロウが2重の意味で表現されていると考えても矛盾はありません。母とこどもの無事な出産を願っていると考えることができます。

しかし、この解説も推論であることには変わりがありません。もしも、このような構図の土器が他にもあるのであれば、まったくの見当違いではなく、ある程度妥当性のある推論と考えてもよさそうです。そこでもう一つ土器をご紹介したいと思います。

山梨県北杜市 津金御所前遺跡

 これは第6回の講座でフクロウの記号の説明でご紹介した土器です。2つの穴がくっついているような形は双環と呼ばれていて、このサイトではそれがフクロウを表す記号と考えていることは今まで述べてきたとおりです。この土器を先ほどの土器と並べてみましょう。

フクロウの頭、出産する母胎、足が対応します。どうやらこの2つの土器は同じ構図のようです。

また、左の土器の口縁部分には三角の突起がついており、これも先ほどからご紹介してきたとおり、母胎の出口を表しているサイン(記号)になっていると考えられます。
この2つの土器が表現していることは、力を振り絞って出産に臨む母胎の力強さと美しさであり、母という存在の重要性だと考えてよさそうです。

ここまで駆け足で出産の映像と土器の共通性についてご紹介してきました。私たちは前回と今回の講座を通じて出産の記憶を持ったことにより、今まで不可解で奇妙な存在だった土器が、何をイメージして作られているのか意識できるようになったはずです。
逆を言えば、出産という行為を視覚的に知ることがなければ、私たちは土器のメッセージをイメージすることさえできなかったでしょう。まさにそのことが、私たちが日常的な感覚で土器の造形を理解することができない本当の理由なのではないでしょうか。
私たちは記憶とイメージを手掛かりに、記号というツールを使って、少しずつ土器の意味を再現できます。今まで永遠の謎と思われていた5500年前の縄文人の思考に現代から近づいていくことができるのです。

全国の考古館では秋の催し物や展示が始まっています。ぜひ足を運んでいただき、このサイトの仮説的推論が本当なのか目で確かめてみてはいかがでしょうか。きっとほかにも様々な発見があるはずです。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県北杜市考古資料館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
山梨県南アルプス市ふるさと文化伝承館