突然誰かに「縄文時代の渦巻き模様は記号です。」と言われたら、あなたはどう思いますか?
確かに土器や土偶に渦巻き模様がついていることがありますが、文字ならともかく、ただの模様だと考えますよね。仮にその模様に意味があったとしても、4000年や5000年前の模様ですから意味がわかるわけないし、それが記号だなんていわれても、常識的に考えればかなり胡散臭い話です。
実は私も最初は考古館で渦巻き模様がついている縄文土器や土偶を見ても、『渦巻がついているなあ』ぐらいにしか思っていませんでした。たとえば、この山梨県の金生遺跡の土偶にも渦巻き模様がついていますが、渦巻きがついているとしか見えませんし、その意味がこうだなんていわれても、じゃあどこにその証拠があるんですかと聞きたくなります。たとえば、あなたがこの土偶に常識的な説明文をつけるとしたらAとBのどちらを選びますか?
常識的に考えれば正解はもちろんAです。しかし、本当の正解はBだと言われたらどう思いますか?
『ええ? 渦巻模様がへその緒? なんでそんなことがわかるの? 5000年以上も前のことなのに!』 誰でもそう思うはずです。
今から約5500年前から約1000年ぐらいの間、渦巻模様は妊娠を意味する記号のような役割を果たしていたと私は考えています。もちろん、当時の日本列島の渦巻模様の全てが同じ意味だったとは言いません。しかし、少なくとも中部・関東を中心とする地域では渦巻模様は妊娠という意味を表していたと思います。今回の講座では、そのことについて解説したいと思います。
まず、渦巻模様の意味を解説する前に、別の模様について説明します。なぜなら渦巻模様は、関連する模様から段階的に理解してはじめて意味が解ると考えるからです。
中部・関東地域の考古館を訪ねたことがある方なら見覚えがあるかもしれませんが、土器や土偶にはしばしば渦巻模様と三角のような模様が一緒に使われていることがあります。この三角のような模様は三叉文(さんさもん)と呼ばれていますが、私は渦巻模様と三叉文で一体化した模様になっていると考えていて、それを渦巻三叉文(うずまきさんさもん)と呼んでいます。
渦巻三叉文の意味は、さらに別の模様から推測します。少し回り道ですが、その模様について説明し、次に渦巻三叉文、そして最終的に渦巻模様の意味を説明したいと思います。
まず最初に説明するのは玉抱三叉文(たまだきさんさもん)と呼ばれる模様です。
玉抱三叉文は、丸い穴の部分と三叉文がセットになった模様で、丸い穴で子どもが生まれてくる母胎の出口を表し、三叉文で襞(ヒダ)の部分を表すことで、女性器全体を表している記号のような模様だと私は考えています。 文字を持たない彼らは「女性」や「出産」や「母親」を表すために、そのような 簡略化した模様を使ったのだと考えています。 (詳しくは第8回の講座と第9回の講座を参照)
それでは渦巻三叉文はどんな意味に使われたのか、玉抱三叉文との関連から考えてみます。
まず、渦巻き三叉文は玉抱三叉文と同じように女性器の襞(ヒダ)を表す三叉文がついています。そのことから渦巻三叉文も女性器を表していると考えます。しかし、玉抱三叉文は丸い穴なのに、渦巻三叉文は渦巻きですから、同じ女性器でも意味の違いがあるはずです。
そこでさらにこう仮定してみました。玉抱三叉文の丸い穴は子どもが生まれてくる女性器の出口部分でした。そこが渦巻きになっているので、母胎の中にへその緒がある状態を表し、渦巻三叉文は妊娠している状態を表していると考えるわけです。
つまり、渦巻模様はへその緒を簡略化した模様と考えると、渦巻き三叉文は「女性」「妊娠」「妊婦」をあらわすことになります。
この考え方に従えば、冒頭でご紹介した金生遺跡の土偶は、胴体の渦巻模様によって母胎の中にへその緒が存在し、妊娠している=妊婦であることを示しているわけです。
しかし、おそらくそれだけで渦巻模様がへその緒をあらわすなんて納得がいかないと思います。そもそも土偶は妊婦を表すために作られたものです。もともと妊婦として作られたものなら、なぜわざわざ渦巻きでへその緒を表す必要があったのでしょうか。土偶に渦巻きがついていたからといって、それがへその緒を表している証拠だとは言い切れません。 それに、渦巻模様の意味の根拠である渦巻三叉文や玉抱三叉文の意味も仮説的推論です。『そう考えればつじつまがあうから、そうこじつけたんだろう』そんなふうに思われても当然です。
また、第9回の講座、第10回の講座、第11回の講座では、へその緒はこどもが生まれたことを表す記号的な表現として使われるということを述べました。おなじへその緒なのに、渦巻きになると今度は妊娠を表すというのでしょうか。5000年前の縄文人が、そんな高度な表現方法を持っていたのでしょうか。
しかし、もしも彼らが渦巻き模様をへその緒をあらわす模様として使っていたとしたら、金生遺跡の土偶は国宝級の土偶に匹敵します。
『ええっ本当に? 金生遺跡の土偶が国宝級?』
たしかに、突然そんなことを言われれば誰だって驚いてしまいますよね。そもそも国宝に指定される基準が何かよくわからないのに、この奇妙な形の土偶が国宝級なんて、まったく意味がわからないと思います。しかし、この土偶の特徴を丁寧に見ていくと金生遺跡の土偶は2つの国宝土偶と同じ意味を持った存在であることがわかってきます。
この土偶で印象的なのは奇妙な顔です。大きく穴のあいた目とラッパのような口はとうてい人間のようには見えません。これを見た人の中には、宇宙人ではないかなどと言い出す人もいるかもしれませんが、私はフクロウの顔を表したものと考えています。なぜなら、この土偶は正面と背面に同じ渦巻き模様が記されていて、裏から見られることも前提として作られているのですが、背面から見たときに、丸い2つの穴がフクロウの目の特徴をよくあらわしていると考えるからです。
それでは、なぜ顔をフクロウにしたのでしょうか? フクロウの造形の意味は第5回の講座、第6回の講座で述べていますが、「女性」「母親」「出産の守り神のような存在」だと私は考えています。だから土偶の顔をフクロウにすることによって、「母親」と「出産を守ってくれること」を表現し、無事に出産して母親になることを表現していると考えるわけです。
次に注目する特徴は、土偶の頭部の形です。金生遺跡の土偶の頭部は中ッ原遺跡の
国宝土偶「仮面の女神」と共通の形をしています。
仮面の女神については第4回の講座で説明しましたが、頭部分を男性器の形にすることによって、男性と女性が合体することを表し、その結果として妊娠し、さらに無事に出産することを祈念するために作られたものだと考えました。
金生遺跡の土偶も、仮面の女神のように頭部を男性器の形にして、女性である土偶との「男女の合体」を意味し、顔をフクロウにすることによって「女性」「母親」「出産を守ってくれる存在」を意味していることになります。つまり、金生遺跡の土偶も仮面の女神と同じように男女が結ばれて無事に出産して母親になることを祈るために作られた土偶だと考えることができるわけです。
また、仮面の女神はお腹が膨らんでいて妊娠していることが一目瞭然でしたが、金生遺跡の土偶は、お腹にあたる部分には何の膨らみもありません。 おそらく、ボディーバランスを考えてわざとそうしたのだと思いますが、そのままでは妊婦としてはわかりにくい土偶になってしまうので、渦巻きをつけて妊娠していることを明確に表したのではないかと考えます。
(仮面の女神のおなかにも渦巻きのような模様がついていますが、よく見ると同心円が重なりあったものです。このサイトでは渦巻きと同じように考えていいのか、今の段階では意味を推測しかねています。)
また、国宝の棚畑遺跡の土偶「縄文のビーナス」も第4回の講座で述べた通り、下半身が男性器に見えるように作られていて、男女が合体し、妊娠して無事に出産することを祈念するために作られた土偶だと考えていますから、金生遺跡の土偶も、縄文のビーナスや仮面の女神と同じ意味をあらわしていることになります。つまり渦巻き模様をへその緒や妊娠をあらわすと考えることによって、金生遺跡の土偶は国宝に指定されている土偶と同じ意味の存在になるのです。これは金生遺跡の土偶が偶然そう作られたのではなく、縄文時代に脈々と受け継がれた同じ意味を表現するために意図的に作られたのだと考えます。
このように、今から5500年前から約1000年の間、中部・関東を中心とする地域では、模様は単なる装飾としてだけでなく、意味あるものとして使われていました。彼らにとって、どのような些細な模様や造形であっても、そこには必ず意味があり、それを組み合わせて彼らの世界で普遍的な意味をあらわそうとしていたのです。
おそらく渦巻三叉文も渦巻き模様も、へその緒や妊婦を意味する模様として受け継がれ、縄文時代の終わりに近づくまで金生遺跡の土偶のように使われ続けたと考えています。
もし考古館に出かける機会があれば、渦巻三叉文や渦巻き模様の意味を頭の片隅において土器や土偶を見てはいかがでしょうか? ひょっとしたら突然目の前の土器や土偶の意味がわかるかもしれません。
長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県北杜市考古資料館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
山梨県南アルプス市ふるさと文化伝承館