この講座をお読みいただいている方々の中には、実際に考古館にでかけて土器や土偶の解読に挑戦した方もおられることと思います。しかし、この講座でご紹介した記号だけでは解読するのは難しいと感じた方もいるのではないでしょうか。
たしかに、今までの講座の内容だけでは十分とはいえません。しかし、単語や文法が分かれば英語が読めるのと同じように、意味の解る記号をもっと増やして、その使い方を理解すれば、もっとスムーズに土器や土偶の意味を解読できるようになるはずです。
今回の講座から数回に分けて、縄文記号の核心部分について説明したいと思います。
記号のイディオム
今までの講座では縄文記号のひとつひとつの意味を説明してきました。例えば「松」とか「竹」とか一つ一つ漢字の意味を説明してきたのと同じです。漢字を組み合わせて「松竹」といえば映画会社を連想するでしょうし、「松竹梅」といえばおめでたい物のイメージが頭に思い浮かびます。このように複数の要素から構成され、全体で1つの意味になる表現をイディオムと呼びますが、縄文記号にもイディオムがあります。
記号の3点セットによるイディオム(双環、女性器、蛇体)
そのイディオムとは双環、女性器、蛇体の3つの記号の組み合わせです。この講座を初めてお読みになる方のために、それぞれの記号が持つ複数の意味と、それをご紹介した講座へのリンクを以下に示しました。詳細は各講座をご覧いただければ幸いです。
内容をご紹介する前に、「記号のイディオム」ではわかりにくいのでここでは説明上「記号の3点セット」と呼ぶことにします。
まずお断りしなければならないのは、記号の3点セットは日本全国の土器すべてに使われていたわけではありません。主に中部地方を中心とする地域の土器に使われていた記号の組み合わせです。なぜそれをご紹介するのかというと、記号の3点セットを理解することによって、より多くの記号の存在と使い方が理解できるからです。
それでは記号の3点セットが使われている土器をいくつかご紹介しましょう。
次の画像は長野県岡谷市海戸遺跡の土器です。土器の口部分に大きな顔がついていますが、その裏側に注目します。
そこにはフクロウの顔が表現されていて、装飾的な造形が施されています。それらをよく観察すると双環、女性器、蛇体の3つが配置されていることがわかります。双環は【フクロウ・女性・出産を守る存在】であり、女性器は【女性・出産】、蛇は【男性】を意味します。
蛇とフクロウについては、第5回の講座で述べたように農耕栽培の害獣である野ネズミを獲ってくれるありがたい存在でした。ですから装飾に使われることに不思議はありません。しかしそこに女性器を配置するのはどういう意味があるのでしょうか。それぞれの記号の意味から考えてみたいと思います。
彼らは男性を表すときに蛇を、女性や母親を表すときに双環(フクロウ)を、出産を表すときには女性器を配置しました。ですから記号としての意味はそれぞれ【蛇・男性】【フクロウ・女性】【女性器・出産】です。それらをまとまった意味に解釈すれば【男性と女性が性交して出産する過程を蛇とフクロウが守っている】というようなストーリーが考えられます。もちろん彼らの使っていた言語は分かりませんから、語順やニュアンスはもちろんのこと、意味も若干は違うでしょう。しかし、おおよその意味としてはそのような内容を表していると考えます。
次の土器にも記号の3点セットがありますが、これも同じストーリーを表しているはずです。
次の土器には複雑な装飾が施されていますが、よく見るとここにも記号の3点セットが見つかります。
土器の口の頂点は口をあけた蛇体、その下に鳥のくちばしのような形、さらにその下には双環が配置されています。鳥のくちばしのような形は先ほどの土器の女性器と比べると随分形が違いますが、記号の3点セットの組み合わせと考えれば、開いた女性器を表現していることになります。
次の土器は双環、丸穴、蛇体の3つが配置されています。女性器ではなく丸穴が使われていますが、丸穴も女性器や出産を表す記号として使われていたと考えられ、これも記号の3点セットと同じです。
それぞれの記号は様々な形です。見た目にはどれもまったく同じようには見えません。しかし、どの記号もストーリーを表すための2重の意味を持ったパーツです。
このように、記号の3点セットは【男性と女性が性交して無事に出産する過程を蛇とフクロウが守っている】というストーリーを表すイディオムになっています。
それでは、次に記号の使い方をもう少し詳しく見ていきましょう。
重複して使われる記号
最初にご紹介した岡谷市の海戸遺跡の土器ですが、この土器には記号の3点セットの他に、渦巻三叉文と玉抱三叉文が左右に配置されています。
これらを意味に置き換えてみると、クロスワードパズルのように、縦と横にストーリーが成立する構成になっています。縦が「男性と女性が性交して妊娠し無事に出産すること」で、横がその内容を踏襲した「妊娠して出産する」というストーリーになっています。縦の3点セットの要素として女性器は【出産】を表していますが、横のストーリーの中では女性器そのものとして表されています。このように、ある記号が複数の記号セットの一部として配置・意味ともに重複して使われるのが縄文記号の特徴です。
同類の記号(女性器)
次に土器の造形に注目してみましょう。先ほどの記号の3点セットの反対側に奇妙な造形があります。
穴の開いた渦巻き状の造形はとぐろを巻いた蛇、その右には口が開いたような造形があります。さらに右には貫通した丸穴があります。
口が開いたような形を別の角度から見てみましょう。すると、先ほどご紹介した曽利遺跡の女性器部分と同じ特徴であることがわかります。
また、装飾の構成を良く見ると双環、女性器、蛇体の記号の3点セットになっています。
しかし、いくら記号の3点セットだからといって、こんな形の女性器など想像もつきません。他にこの形と女性器を結びつける証拠はないのでしょうか。
この形を見ていると、別の土器のパーツが頭に浮かんできます。今までの講座をお読みいただいた方の中にはピンときた方もいるかもしれません。
第11回の講座でご紹介した山梨県北杜市石原田北遺跡の土器です。この土器はフクロウのおなかの部分にハート型のような形があり、その中に丸いものがせり出している造形になっています。これは女性器から丸いこどもの頭が出てきている状態を表し、フクロウと母親の姿を出産場面と2重写しにしていると考えました。
海戸遺跡の口が開いたような形は、この女性器部分と共通の特徴を持っています。
形の特徴や記号の3点セットとの類似を考えると、この大口をあけた形は子どもを出産する場面を表していると考えてよさそうです。大口に見えるようにわざと作ってありながら別の意味として出産する女性器を2重写しにしているというわけです。それにしても大胆な形を女性器にオーバーラップさせたものです。しかし、驚くのはこれだけではありません。
次の画像は第11回講座で出産を表す土器として紹介した山梨県笛吹市境川町一の沢遺跡の土器です。これも大口をあけたような形をしていると思いませんか?
この土器も先程の海戸遺跡や原石田北遺跡の土器と共通の特徴を持っています。彼らは土器の口までも子どもが生まれる女性器と2重写しにしていたことになります。
それでは一の沢遺跡の土器と海戸遺跡の土器を比較してみましょう。驚くことに土器の口部分が同じ特徴なのです。
先ほど記号の3点セットをご紹介したときに、彼らは丸い穴を女性器や出産を表す記号として使っていたことを述べました。彼らにとって土器の口こそ無事に出産することを象徴的に表すのにふさわしい最大の丸穴だったのです。
同類の記号(女性器)が表す意味
海戸遺跡の土器には形の違う3つの女性器が表現されています。
なぜ彼らはこんなわかりにくいものを作ったのでしょうか?
その理由をこう考えます。
この土器の製作者は、形の違う女性器を使って女性が出産するストーリーを表現したかったのです。
- 閉じた女性器=出産前(妊娠)
- 開いた女性器=出産中(分娩)
- 最も大きく開いた女性器=子どもが生まれる瞬間(無事に出産する象徴的表現)
製作者は記号の3点セットでストーリーを表現するだけでなく、最も重要な「無事な出産」という結末を土器の口を含む土器全体と重複させて完成させたと考えます。
確かに彼らのやっていることは私たちが考えている容器の概念をはるかに越えています。記号の3点セットのようなイディオムだけでなく、口をあけたような形や土器の口が女性器と2重写しになっているなど、私たちにとっては信じがたいことばかりです。考えてもみてください。土器のいたるところに女性器をつくり込むわけです。それを1,000年以上も繰り返すなんて常識的に考えればありえないことです。私だって何度も妄想なのではないかと自分を疑いました。しかし、ほかの土器を見てもやはりこう結論するしかありません。
「土器は女性が無事に出産を終えるために作られている」
そう考える以外に全ての記号の説明がつかないのです。
縄文記号のあり方
私たちは、目の前に形が違う模様や造形があれば、当然違うものとして認識します。それが記号だったとしても形の違う記号一つ一つの意味を全部理解できなければ全体の意味が解からないと考えてしまうのです。
しかし記号の観点から見れば、別々の土器に記号の3点セットや独自の記号が使われるだけなく、1つの土器に同類の記号が使い分けられています。形の違う記号はバラバラに存在するのではなく、同類の記号の一部であると同時に、共通のストーリーの一部として存在しています。記号はさらに配置・意味ともに重複して使われて複数のストーリーを連結しているのです。
なぜこんな土器が作られたのか
5,000年前に存在した彼らは1,000年以上も土器や土偶に女性器や男性器を作りこみ続けました。現代の私たちの常識から考えればまさに狂気の沙汰です。
しかし、彼らが1,000年以上伝え続けたストーリーはたったひとつ「女性が無事に出産を終えること」でした。彼らは命を落とす危険と隣合わせの運命をあるがままに受け入れるのではなく、抗うように膨大なエネルギーを1,000年間も土器に集中し続けました。それは個人さえ助かればいいとか、そういうことではなかっただろうと思います。集団にそういう土器を作る役割が必要とされ、土器が集団のために何らかの形で役に立ったはずです。それがどのように役立ったのかわかりませんが、そのような1,000年以上の営みの延長上に今の私たちが存在しています。
今回は主に海戸遺跡の土器を例にして記号の種類と使い方について解説してきました。表現の組み合わせ、造形技術、迫力と気品、どこをとっても素晴らしいデザインの土器です。ここではご紹介しきれませんが、まだまだ隠された記号や高度な技術が盛り込まれています。是非とも考古館で本物をその目で見ていただきたいと思います。
最後に今回の講座でご紹介した重要なポイントをまとめてみましょう。
- 記号を組み合わせたイディオムはストーリーを表している。
- ストーリーは記号の3点セットのように意味が違う記号を組み合わせて表現される場合と、海戸遺跡の土器のように形は違っていても同じ意味の記号(同類の記号)で表現される場合がある。
- ある形に別の意味が重複している。(大口のような形が女性器を同時に表しているように形と記号の重複が見られる)
- 穴は女性器や出産を表す。(土器の口も穴として使われる)
- 同類の記号によって時間や年月の経過を表している。(ストーリー化している)
- 形の違う記号はバラバラに存在するのではなく、同類の記号の一部であると同時に、共通のストーリーの一部として存在している。
- 記号が配置・意味ともに重複して使われることで、複数のイディオム(ストーリー)が連結される。
- 土器は女性が無事に出産を終えるために作られている。
以上のポイントを踏まえて、次回も様々な土器を読んでいきたいと思います。
長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県北杜市考古資料館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
山梨県南アルプス市ふるさと文化伝承館