第4回 男性器


 縄文時代のイメージというと、石棒を連想する人も多いと思います。
 石棒は縄文時代中期に主に北陸、中部、関東地方で作られ、集落や住居単位で何らかの祭祀に使用されたと考えられていますが、なぜこのようなものが作られたのか、はっきりしたことはわかっていません。
 ただ言えることは、石棒が作られた地域は縄文時代中期の勝坂式土器が作られた地域とほぼ重なっていて、男性を表す象徴的なものとして存在していたということです。

石棒記録図 武居幸重著『縄文のデザイン』より

 しかし、男性器を表しているのは石棒だけではありません。これは長野県富士見町の井戸尻考古館に展示されている土器です。よく見ると胴部分に矢印のような造形が組み込まれていますが、これは男性器を抽象化した表現と言われています。

長野県富士見町曽利遺跡

 
 次の土器は、山梨県釈迦堂遺跡博物館に展示されているものです。丸い底の部分をよく見ると男性器が逆さまになっていると思いませんか?


山梨県笛吹市釈迦堂遺跡

「見えませんか?」と言われると、そう見えるような気がすることがあります。人間は、見たものを自分の身近なものに置き換えて理解しようとするので、「見えませんか?」と聞かれると自分の身近なものを頭の中で思い出して、それに見ているものが重なった瞬間に「見える」という錯覚を起こしてしまうことがあります。 

 たしかに石棒のように男性器をそのまま写実的に表現したものであれば、「見える」と言ってもいいと思います。でもこの土器の一部が男性自身に「見える」ということについては、見る人よって様々であり、疑問を持つ人も多いはずです。

 しかし、見たものを身近なものに変換して理解しようとするのは現代の私たちも5500年前の縄文人も変わりません。見えるとか見えないということ以前に、当時の彼らにとっても、見ようによってそう見えるものわざわざ作られている、そのこと自体が重要なのです。

 たとえばこの土偶を見てみましょう。これは仮面の女神と呼ばれる長野県茅野市尖石縄文考古館に収蔵されている中ッ原遺跡の国宝土偶です。仮面をつけた特異な姿をしていますが、横から見ると腹部が膨らんでいて妊婦であることがわかります。

長野県茅野市中ッ原遺跡

 土偶を後ろから見ると、三角の仮面の裏には人の頭が見えます。唐突ですが、この頭の部分は男性器に見えませんか?
 偶然の一致かもしれません。この画像がたまたまそう見えるような角度で撮れてしまっただけという可能性もあります。しかし、ここにも見ようによってはそう見えるものが仮面の裏にわざわざ作られているわけです。

 さらに、記号という観点からみると興味深い点があります。写真では陰になっていてわかりにくいのですが、頭部には仮面を頭に結んでいる帯のような逆V字の造形がついています。その逆V字の造形の内側のエッジは非常に丁寧に直線的に整えられています。まさに細心の注意を払って直線に整えたと言ってもいいほど丁寧に逆V字に仕上げられています。その下に渦巻の模様がついていますが、真正面から逆V字と渦巻きを重ね合わせて見ると、渦巻三叉文と呼んでいる模様になります。渦巻三叉文は女性や妊娠を表す記号です。
 つまり、仮面の女神は仮面の後ろに男性器を配置し、女性と男性が愛し合い、妊娠するという一連の出来事を表していると思うのです。

 記号らしき模様はこれだけではありません。首の左右には穴が開いていて、これは土偶を焼いたときに空気を逃がすためと考えられています。しかし、この穴さえも記号のように使っていたと思える痕跡があります。

  見にくい画像で申し訳ありませんが、土偶を正面から見て左の穴をよく見ると、穴の外側が丸く縁取られています。へら状のようなもので押さえた痕が、丸い縁取りの右下方向に直線となって残っています。加工の過程でたまたまそうなってしまったのかもしれませんが、その2本の直線が丸い縁取りの一部分とともに三日月のような形になっています。

 反対の右の穴を見てみましょう。これも見にくい画像で申し訳ありませんが、穴の右下部分にヘラ状のもので押さえ込んだようなくぼみがあり、その部分が小さな三角形になっています。

 丸い穴と三角形がセットになった形は玉抱三叉文と呼ばれる模様です。玉抱三叉文は女性や出産を表す記号です。この土偶の製作者は、丸い穴にわざわざ三角形の形をつけて、出産という意味を表したのだと推測します。

 しかし、これを読んでいる人はきっとこう思うはずです。
(本当に5000年前の人間がここまで計算して土偶を作ったのか? 偶然そう見えるだけじゃないか)

 もちろん偶然を頭から否定するつもりはありません。しかし、国宝に指定されるような一分の隙もないほどに完成された土偶なのに、この2つの穴だけ手元が狂ってしまったとはなかなか考えられません。おそらく、彼らにとっては穴を開けるという行為だけでも十分に意味があり、その意味をお決まりのルールによって補足しただけなのです。つまり、彼らにとって穴とはすべて子どもが育って生まれてくる母胎のような意味をもつものであり、それを玉抱三叉文とダブらせて表現したのでしょう。

 さて、仮面の女神の頭が男性器に見えるように作られているのではないかということから脇道にそれてしまいましたが、別の土偶の男性器も見てみましょう。

 これは同じ尖石縄文考古館に展示されている国宝縄文のビーナスです。頭部の右側には渦巻三叉文が見えますが、このサイトではそれが女性、妊娠を表す記号だと考えています。


 頭の左側には玉抱三叉文が2つ重なっている造形があります。このサイトでは
玉抱三叉文 は女性・出産・母親を表す記号だと考えています。

長野県茅野市棚畑遺跡

 つまり、この縄文のビーナスも、 先ほどの仮面の女神と同じように 妊娠と出産の記号を頭部付近に持つ妊婦像ということになります。

 それでは、この縄文のビーナスにも男性器のように見えるものがあるとしたらどうでしょうか。

 背後から見たビーナスの下半身です。女性の体を強調するようなボリューム感を持った下半身です。ところが、角度を変えてみていくとその下半身が男性器に見えてきます。


 仮面の女神の頭と男性器が重ねあわされているのと同じように、この下半身が男性器と重ね合わされているのであれば、 仮面の女神と同じ 『男女が愛し合い、妊娠して出産する』という一連の出来事を表していることになります。
 
 女性の下半身と男性器が合体しているこの造形と、男性器に見える仮面の女神の頭部を、それぞれ別々に見れば、偶然か何かの間違いということで片づけられてしまってもおかしくありません。しかし、2つの国宝土偶それぞれに、そのような造形がわざわざ作りこまれています。これは偶然の一致では説明がつきません。

 男女が愛し合うという表現について、さらに別の土器で見てみましょう。

長野県岡谷市海戸遺跡

 この土器は第1回の縄文記号講座でご紹介した岡谷市海戸遺跡の顔面把手付深鉢です。顔面把手の裏には妊娠を表す渦巻三叉文と出産を表す玉抱三叉文が配置されていました。そして、男性を表す蛇と女性を表す双環(フクロウ)も配置さていて、男性と女性が愛し合っていることを表し、正面から見た土器全体は妊婦を表しています。
 
 つまり、男性器の造形を使っていないものの、縄文のビーナスや仮面の女神と同じように、顔面把手の顔面部分に妊娠と出産の記号を持ち、男女が愛し合って、妊娠して出産するという一連の出来事を表していることになります。
 
 これらの土偶や土器は、姿形はまったく違っているのに、 模様や造形を記号として分解すると、構成は驚くほど共通しています。それは、同じテーマをそれぞれが独自の工夫で表現していることになるのではないでしょうか。


 彼らの造形技術や記号の配置技法はあまりにもさりげなく、時には驚くほど大胆です。思いこみや見間違いではないかと錯覚させるほど巧妙に、形を調整し、微妙なバランスで全体と一体化しています。これらの土器や土偶は、まさに彼らの熟練の技によって作られたと言っても良いと思います。

 現時点の考古学では、これらの土器や土偶がどのように使用されたのかはっきりわかっていません。しかし、集団全体のシンボルとして、様々な技術や視覚効果を駆使して作られた特別なものであることは間違いないと思います。

 ぜひ考古館に出かけて現物を見てください。そして、この講座で述べていることが本当なのか、その目で確かめていただければと思います。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
南アルプス市ふるさと文化伝承館