第5回 双環文・フクロウ(その1)

Webで「縄文土器 蛇」というキーワードで検索すると、蛇信仰など様々な情報がヒットします。おそらく土器に一目で蛇だとわかるような造形があるので、当時の縄文人は蛇を信仰していたのではないかというごく単純な結果に行き当たるわけです。

しかし、「縄文土器 フクロウ」というキーワードで検索しても、このサイト以外はほとんど情報が検索されません。なぜなら、それは今までの縄文時代観によるところが大きいからだと考えます。

世界の歴史ではフクロウはネズミなどを駆除し豊穣をもたらす農耕社会の偶像や神として登場します。しかし、縄文時代は長い間、狩猟採集だけで成り立っていたと考えられていたため、フクロウが登場する根拠がありません。だから、今までフクロウに似た造形があっても無視されてこざるを得なかったのだと考えています。最新の縄文研究によれば、このサイトで紹介しているような土器や土偶が作られた中部、関東地方を中心とする地域では、大豆や小豆などが食糧の主流を占めていたという研究結果が発表されています。しかし、まだ実態はわからないとして、日本列島全体で見たときは、やはり縄文時代は豊かな狩猟採集社会として発達していたとする見解が根強いのも事実です。

このサイトでは、蛇やフクロウが栽培・農耕における重要な役割をはたしていて、彼らの生活の中で欠かせない存在だったと考えており、特にフクロウは女性や出産を守ってくれる存在として、記号として使われていたと考えています。さて、前置きが長くなりましたが、フクロウの記号について述べたいと思います。

フクロウは蛇と同様にリアルな表現から省略した表現まで様々なバリエーションがあります。最も典型的なのは丸い2つの環を連結した双環(そうかん)と呼ばれる装飾です。多くの勝坂式土器に共通して使われていて、フクロウの目の部分を抽象化してデザインした記号だと考えています。

長野県茅野市下ノ原遺跡


長野県茅野市下ノ原遺跡

 次は双環よりもややフクロウの顔面を具体的に表した思われるものです。省略系とリアル系の記号の中間のような造形になっています。

長野県茅野市長峯遺跡

山梨県笛吹市釈迦堂遺跡

長野県岡谷市海戸遺跡

 双環をはじめとするフクロウの記号は高い頻度で女性に関係する装飾や造形と一緒に使われていました。例えば、土偶の頭の裏には高い頻度で双環がつかわれています。

山梨県笛吹市釈迦堂遺跡


山梨県笛吹市釈迦堂遺跡


また、顔面把手(がんめんとって)の裏や、土器の側面にも双環が配置されているものが多く見られます。

山梨県北杜市海道前C遺跡

 この土器は出産の様子を表しているとされています。(撮影画像がないため、発掘報告書の図録を引用します。)土器の口部分に双環があり、その下の胴部分に出産中の子供の顔がのぞいています。土器の奥の口部分には顔面把手があり、その裏には双環とフクロウの顔がついています。

山梨県北杜市津金御所前遺跡
(土器の所在については北杜市教育委員会にお問い合わせください。)


 また、勝坂式土器には、三角形と丸い穴がくっついたような玉抱三叉文とよばれる造形があります。このサイトではそれを女性・出産を表す記号と考えていますが、その玉抱三叉文と双環を重ねている土器もしばしば見られます。

長野県茅野市棚畑遺跡

 これらのことから、双環やフクロウの造形はフクロウそのものだけでなく、土偶や顔面把手のような女性や出産や母親を表したものと密接な関係があるだけでなく、女性・出産を表す記号とも密接な関係があることがうかがえます。フクロウは木の穴の中で子育てをしますが、女性や母親も妊娠から出産まで、母胎の中(子宮)で胎児を育てます。おそらく彼ら縄文人にとっては、フクロウは子どもの無事な成長と出産を守ってくれるような存在だったり、縁起のよい存在だったのではないでしょうか。

ところで、双環文・フクロウと並んで縄文土器に目立つアイテムとして蛇の模様や造形があります。

彼らをとりまく環境の中には、熊や猪や鹿など様々な動物が存在していたはずです。その中からあえてフクロウと蛇が目立つアイテムになっているのには何か理由があるはずです。フクロウと蛇に共通するものとは何でしょうか。


共通点は野ネズミを主に食べているということです。

当時の食糧確保の手段として栽培・農耕が重要だったとすれば、おそらくフクロウと蛇は人間の生活を守ってくれる存在であり、それ以外の動物とは一線を画す特別な存在だったはずです。

また蛇は男性を意味する記号でもあり、フクロウは女性や出産を象徴する記号であることから、女性と男性とフクロウと蛇が協力して農耕栽培を守り、収穫し、愛し合い、出産するという彼らの理想がそこにあると考えてよいと思います。

このように、双環文もフクロウの造形もフクロウを表し、意味としてはフクロウだけでなく女性、母、出産の守り神のような存在までを表しています。それを理解するだけでも縄文土器の意味がところどころ読めてくるはずです。

長野県茅野市尖石縄文考古館
長野県諏訪市博物館
長野県岡谷美術考古館
長野県富士見町井戸尻考古館
山梨県笛吹市釈迦堂遺跡博物館
山梨県甲府市山梨県立考古博物館
南アルプス市ふるさと文化伝承館